高校時代に通った新都心のカフェone or eight デイル・ドーテン著「仕事は楽しいかね?」を読む。

「変化し続けろ」というのがこの本の根底にあるメッセージで、読みながら自分の勉強法について思うところがあった。 作中、「学校だとか自己啓発書で飽きるほど言われている、目標をまず立てその達成のためにトライアルアンドエラーを繰り返すという目標漸近型の行動様式に疑問をもて」というのがあった。ルーチンワーク化することは行動のための意志コストを減らすのに役立つけど、同時に硬直化、思考停止、視野狭窄の危険もまとう。なによりただ決められたことを何も考えずにこなすという、当事者意識の希薄化した作業は、面白くない。これだけで1日の大半が潰れるような生活が1年も続けば、ほぼ間違いなくどこか精神が病むと思う。

このLINEのグループに勉強したことをなるべく具体的に、誰かに説明するみたく書いて投稿する作業は、日々の勉強のマンネリ化を防ぐのに役立っていて、もっと積極的に、ほかにも色んな趣向を凝らしながら利用していこうと思っていて、勉強は、たとえ受験勉強の最終ゴールが"受かること"ただひとつだとしても、そうやって当事者意識を自分のなかで醸していき、楽しむ工夫をすることは、それが「最短距離で成果をだすこと」と時にはコンフリクトを起こすことだとしても、最終的にはそれが正しい道だと思っている。「試し続け、変わり続けること、あるべき状態より、より良い状態であること」もこの本のメッセージで、もっと長いスパンで物事を考えたとき、日常のマンネリを打破し、楽しみを創り出し続けるには、こういう姿勢が必要なのだ。きっと。

スマホ用のキーボードを買った。これで短時間にもっと多くの文字入力ができる。 いろいろ試していかなきゃダメなんだ。そうするのが結局近道な気がする。

姉の結婚式に出て自分の将来といまの境遇についてぼんやりと思いを馳せる。

四浪もしていると聞くとさすがに良い顔をする人は稀で、姉と出身高校が同じなので来賓の先生たちのなかに自分の知ってる人たちが混ざっていて、みな眉をひそめたり「まぁ、がんばってね」というようなことを言う。親戚のなかには「医者になるだけが道じゃないんだからさ…」と諦めることも大事だと諭す人もいた。

そういう人に、反発はしない。

“身体の芯からなりたいものになる"ことが大事で、それがなんなのか見極めることも大事なのはわかるのだけれどもわそれと同時に日々を新しく生きることも大事で、親戚の説く"諦めの境地"へのカウンターは、1日1日を全力で走り続け、日々刷新し、楽しむことなのだろう。