机について数時間経つけどエンジンかからない。

長崎の事件について父が、多分この人は自分だけの世界に生きてたんだろうと見当をつけ、その上で俺に語ったのが「人は社会から遊離して独りになることで、良くも悪くもものすごい量エネルギーが醸造される。それこそ時には人を殺してしまうほどの」ということだった。 「人に迎合するような生き方は、もちろんダメだけどな」父は言う。何か言いたいことがあるが適切な言葉が見つからず、心中にうずまくものの輪郭を掴みきれていないようだった。 「かといってあまりにも物事を頭で考えすぎて世の中からはぐれるのもキケンだ。理屈ばかりで考えすぎると、知らず知らずに社会から浮く」 父は親戚の集まった酒の席での俺の振る舞いについて言ってるのだった。

ごく親しい親戚がだけが集まるような酒の席での口上の述べ方には自ずと定まっていった様式のようなものがあって、主観的かつ情緒的に今日の祝いの席のめでたさを歌い上げ、そのあとこれからの発展を願って、乾杯、というのが定番のパターンなのだけれども、そういう様式美を皆で練り上げ、結束を確認しあっていく作業のなかで、俺一人が浮いていたらしい。

「教授の講義みたいだねぇ、とか言われてたぞ、お前」 結婚のめでたさを祝うのに、通過儀礼なんて言葉つかわねぇよ、ふつう、と苦笑しながら父は言う。いやでも、うちの親戚教職のひととか多いし、勉強するひとならあれぐらい言えるでしょ、と反論すると、勉強の意味が違うんだよなぁ、と苦笑の表情を保ったまま白髪混じりで短く刈り込まれた頭を掻いた。 まぁでも、俺が大学生のころは、すこしでもインテリを意識する学生は、取り憑かれたように本を読んで、そういう所謂”教養”があるのがふつうだった、俺も暇さえあれば部屋で本読んでさぁ、しかも部屋は狭いからすぐに本で埋もれるようにようになるんだ、だけれども当時の大学生はそれが一般的だった、と、北陸の年中どんよりとした曇り空の下で過ごした大学生活のことを語ってくれた。

「まぁ、あの口上を聞いて改めて思ったけどさ」 理屈っぽいよ、お前は、俺に似てな、とショットグラスに注いだ紙パックの合成清酒をあおりながら笑って言った。