いつ頃からだったか。いつだってずっと自分が何か致命的な欠落があるような気がしてきたし、いつでも何をしていても、「これでいいのか。」と常に心のどこかで自問せざるを得ない座りの悪さと焦燥感とに苛まれてきた。

いま、ここではないどこかで、あり得たかもしれないじぶん

そういうのを自覚し始めたのは、折り悪く思春期と寮での不適応が重なって、じぶんというものに猜疑心をかけざるを得なくなってしまった頃に起因するのかもしれない。成績は良くても虐められる。何も悪いことをした覚えはないのに気持ち悪いと言われる、疎まれる。軽んじられるのは今だって変わらないけど、勉強の成績だけが依り代のようだった当時の自分は今以上に偏屈なプライドが高くて、いまなら「そうなんすよwwwおれダメ人間なんすよwwwたははww」と笑い飛ばせるようなことも(これはこれで問題あると思うが)、必要以上に真に受けて、そして自滅していった。

「勉強にばかりかまけているから虐められるのだ」 まだ中3だった自分は親が一時的な避難場所として用意してくれたアパートで一人暮らしをしながら、漠然とそういうことを考えていた。 おれはいつだって極端に走り過ぎる。 勝手に勉学に絶望した自分は一切ペンを握らなくなってしまった。 で、代わりに精を出したのが身体面と外見の向上である。肥満児だった自分はとにかく痩せれば、見た目さえ良くなればこの自己嫌悪の蟻地獄から逃れられるのだと思って、87kgあった体重を約1年で60切るまで落とした。「脱オタ」なんて言葉をガラケーのちっちゃい画面を駆使して調べあげたのもこの時期だ。たしかこの頃にはシロクマ先生のブログに辿り着いていたと思う。

まぁそんなこんなあって見た目はマシになった。周囲からの扱いも以前よりかはマシになっていた気がする。そもそもただの自意識過剰だった説のほうが可能性高いんだけど。

高校の3年間は、なにをしていたのか思い出せない。思い出せるのは、寮のベッドのうえで、放課後下校したあと寝るまでひたすらやった、モバゲーの釣りゲームと、その時聴いていたチャットモンチーぐらいだ。思い起こせば楽しい思い出はそれなりにあったかもしれないけど、常に流れていた通奏低音はそういう、無為で、だけど常にしんどくて、自分を否定しなければいけないという使命感だけが常に自分を突き動かしていて、そういう、衝動を持て余しているような、そんな日々だった。

そんな感じで高校生活を過ごしていたのだけれども、二学年が終わり、3学年が始まろうというのにまだ自分のメンタリティは自己否定モードのまんまで、2月の肌寒い空気の中、日課のジョギングをしながら

「おれはじぶんをかえなければならない。おれはコミュ障で上下関係にも疎いからそこらへんをかえなければいけない。よっておれは自衛隊にはいる」

とか考えてて今思い返すとただのキチガイだと思う。

けっきょくいくら頑張ってもせいぜいフルメタルジャケットの微笑みデブみたく集団生活不適応のすえボコられて逆ギレして終わりってのが薄々気づいたのでその道はやめたのだけれども、じゃあ何すんの?

え?

じゃあ何すんのって

う〜ん、、、とりあえず勉強頑張って、、、、

なに

医者、、、?とか、、、、

じゃあ何するの?医者でしょ!!

みたいな。そういう、進路決定だった。

我ながら糞だと思う。

それで、だ、その末路がこの有様である。

高校ろくに勉強していないのだから、現役で受からないのはまだしも、4浪だぞ、4浪。

おまえは一体なにをしてきたのだ。